普天間、辺野古、そして自分

 今、政権が変わり、急ピッチで前政権の検証をするかのように見直しが行われている。それは大事なことで、無批判に、ただ追従するだけのトップの交代では、存在そのものが疑われてしまう。
 特に今回の政権交代は、大きな時代のうねりであり、歯車が大きく動き出した瞬間である。
中でも沖縄の、普天間、辺野古が動き出そうとしている。他人事ではないのであるが、沖縄や他県の首長、閣僚などの発言が大きく報道されているのを見るにつけ、当事者になる前と後ではこうも軸足がぶれてしまうのか?そして、決断を鈍らしてしまっているのは何だろうか?、と考えさせられてしまう。

 沖縄の声、とは何だろう? 問題を押し付けられている現地と周辺の地域、あるいは利害関係にあるもの、ないものと複雑に絡み合って、沖縄がある。三山統一以前から沖縄は、中国や東南アジアとの交易で栄えてきた歴史を持つのであるが、薩摩侵攻、ぺルリ来航、明治維新、敗戦、アメリカ統治、日本復帰そして、依然として続く不平等状態の中の日本と沖縄。

 その時々で、時の為政者は舵取りに苦しんできたことは歴史書に記されたとおりであるが、その中にあって相手側もまた、多くの課題を抱えていることも事実のようである。
 この視点に立つならば、沖縄の基地問題や日米関係は、ぺルリ来航で始まった不平等条約そのものであるし、65年近くも外国の支配下にあることは、異常状態というべき。

 もしそうでないとしたなら、そのことにより利益を得るものが存在することになる。沖縄の声も、その視点で再検証し直すことが今、必要である。例えば、国家レベルの問題を個人レベルまで落とし込んで、強い者に支配されることによって、利益が多くあると判断すれば、あえてそれに甘んじてその庇護の下に居たらいいのではないのか?
 
 私はそれは嫌である。
 個人間や国家間でも同様で、私は、子供に対して誇れる親でありたいし、同様に国際関係も対等の付き合いを続けて行く、というのならば、日米関係も再構築の時代に入った、ということがいえる。
 その為にも”恒産なくして恒心なし”である。

 今日は我がパートナーの誕生日である !!  そして結婚記念日ももうすぐである。
おめでとう そしてありがとう  

自分を保つことは容易ではないけれども、しなやかにそして、凛としてこれからもよろしく。 











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