沖縄の心・・とは?町田市と伊賀市と私

 久しぶりのブログ。これまでにない休憩となってしまっている。定期的に見ているブログの一つに伊賀市社協のブログ「鬼瓦日記帳」http://blog.livedoor.jp/onigawara328/.がある。
 そこの6月24日のブログに「沖縄の慰霊の日」の記事、それも総理大臣や県知事のメッセージではなく、「比屋根憲太君」が式典で朗読した「平和のいのり」の詩が全文で掲載されていた。

 戦後64年が経過し、慰霊の日の主旨が分からないという割合が3割に、、、という、結果が新聞にあったことを思い出す。鬼瓦日記帳のブログとの関心の落差は何処からくるのだろう? 
 同じ思いを10年ほど前に、町田市へ勝連町の作業所「あいとぴぃあ」の「丘の一本松」の公演でおとば学園の仲間が一人参加したのでかばん持ちで同行した歓迎会での時に、挨拶で泣き出したことを昨日のように思い出した。
 
 「沖縄の心」ということで、本土の方々はよく沖縄の多くのことをこのように表現してくれる。私などは、この事について考えさせられることが多い。関心があるのに、動かない?・・・動けない? 学生時代からそうである。ノンポリ、優柔不断、主体性がない、祖父が友軍に刺殺された、というにもかかわらず、表立って主張できない自分がいる。

 「根っこ」は同じではないのだろうか?
 久しぶりのブログで、多くの課題を仕事に、私事に、わたって抱えて四面楚歌が続いているが、この状況を打ち破りたいと願っている。

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